ジャーナリスト・堀潤が解説する「フェアトレード」。コーヒー豆からつながる環境問題

「環境問題」「気候変動」と聞くと、自分の日常からは少し離れた事象のように感じるかもしれません。では、「今日コンビニで買ったコーヒー」「スーパーで見かけたチョコレート」はいかがでしょうか? じつは、そういった身近な商品にも環境問題は密接に関係しているのです。

本記事では、ジャーナリストであり映画監督としても国内外の社会問題を追う堀潤さんに、身近な商品の裏側にある問題やそれを解決するための手段の一つ「フェアトレード」をご紹介いただきます。普段手に取っている商品から、世界で起こっている出来事について一緒に考えてみましょう。

ジャーナリスト、キャスター、映画監督

堀潤

1977年生まれ。兵庫県出身。NPO法人8bitNews代表 / 株式会社GARDEN代表取締役 / 株式会社わたしをことばにする研究所代表取締役。立教大学文学部ドイツ文学科卒業後、2001年NHK入局。『ニュースウォッチ9』リポーター、『Bizスポ』キャスターなど報道番組を担当。2012年市民ニュースサイト「8bitNews」を立ち上げ、2013年NHKを退局。2019年から早稲田大学グローバル科学知融合研究所招聘研究員に就任し、SDGsフロンティアラボでイベントや情報発信を企画している。認定NPO法人フェアトレード・ラベル・ジャパンアンバサダー。2025年2月、集英社インターナショナル新書から『災害とデマ』を出版。

今年の4月に、気温30℃超えの春が日本列島を覆いました。高気圧や南からの暖かい空気の影響で、長野県や兵庫県、大分県など東日本と西日本の15の観測地点で最高気温が30℃以上の真夏日を記録。25℃以上の夏日を数えると、その数は440地点余りに上りました。熱中症への警戒を呼びかける事態になり、気候変動により私たちの暮らしが大きな影響を受けていることを実感させられます。

じつは、この異常ともいえる暑さの裏で、私たちの生活と「遠く離れた土地」が、静かに、しかし確実につながっているという事実をまず皆さんと共有したいと思います。

タピオカドリンクも環境問題に関係している?

専門店に列ができるほどの人気を博し、いまではすっかり定着したタピオカドリンク。じつはここ近年、原料であるキャッサバ(芋の一種)の需要が急激に高まり、東南アジアの森林が切り開かれ、畑へと姿を変えてきたという事実を皆さんはご存知でしょうか。

とりわけ、ラオスやタイでは、外資系企業が現地住民と正規の契約もないまま森林を伐採し、キャッサバ栽培を進めるなど、現地で深刻な権利侵害が起きています。そうしたフェアではない開発から住民の皆さんを守ろうと、活動を続ける日本のNGOに先日取材しました。

森が削られれば、CO2を吸収する自然の「装置」が失われます。CO2が増えると熱波が生まれ、気候のバランスが崩れていきます。大陸の熱波が、めぐりめぐって日本の気温を押し上げます。私たちは、気づかぬうちにこの連鎖の一部に組み込まれているのです。

問題は、それだけではありません。環境破壊がもたらすのは、気温上昇だけではなく、「暴力」です。西アフリカでは、気候変動によって耕作地が失われ、いままで生産していた農作物がつくれなくなり、食料や農地をめぐる争いが激化しています。

争いに負け農地を奪われた人々は避難を強いられ、働き口もないまま、やがて武装勢力に組み込まれていく。また、農地を保有している人々もそこを守るため争いに対抗しなければならず、農業が立ち行かなくなり、耕作放棄地が増え、さらに食料が不足する──負の連鎖です。環境問題と武力紛争は、決して別々の話ではありません。

こうした話を聞いて、皆さんは何を思うでしょうか。まさか自分が何気なく手にしたものが、誰かの土地を傷め、人々の不幸を生み出すトリガーになっていると知ったら。「誰にとっても負担の少ないものを選びたい」そう思うのが、自然かもしれません。

それが「フェアトレード」の原点です。私たちが加害者にも、被害者にもならないために、フェアな環境でつくられたものを選ぶ、それが未来につながります。

「フェアトレード」とは? コーヒー豆の取引から考える

「フェアトレード」とは、人権侵害や争いに巻き込まれて、弱い立場になってしまった生産者から、適正な価格で商品を買い取る貿易の仕組みです。これにより、持続可能な生産や、環境に配慮した取引きが可能になります。

「フェア」ではない取引きが行われている背景には、世界規模の問題が複雑にからみあっています。そのため、フェアトレードに関心を持つことは、単に「公正な買い物」をするという行動にとどまらず、私たちの目線を、世界へと開いてくれる大きな価値を持っているのです。

いま、世界ではコーヒーの消費がかつてないほど広がっています。けれど、将来もいまのようにおいしいコーヒーを楽しめるとは限りません。

じつは、地球温暖化の影響で、コーヒー豆の主流である「アラビカ種」の栽培に適した地域が、2050年までに半分になると予測されています。気温の上昇により、雨が降らなくなったり、病害虫が増えたりして、いままでのように育てることが難しくなってきているのです。

そうしたなかでさらなる問題も生まれています。土地が傷むと生育が難しくなり、生産にコストがかかります。そうしたコストを少しでも抑えるため、不当に人件費が削られる。本来最も守られるべき、生産者の暮らしが軽んじられるのです。

コーヒー農家のなかには、安すぎる買い取り価格のために、働いても働いても十分な収入が得られず、生活が成り立たなくなる人もいます。賃金が低く、働き手も減り、子どもまで働かされる現場もあります。

私たちが1杯200円や300円で気軽に飲んでいるコーヒーの裏側には、こうした現実があります。フェアトレードの豆を使ったり、農家の支援に取り組んだりと、企業による変化は始まっていますが、根本的には「安さの裏にある犠牲」に目を向ける必要があるのです。

「儲け優先」のやり方にブレーキを。フェアトレードの本質

また、コーヒー豆は投資の対象にもなっています。利益を出すために森林を切り開いて大規模開発が行われ、労働力を安く使い、生産効率を上げる。そんな「儲け優先」のやり方にもブレーキをかけなければいけません。

フェアトレードのコーヒーは、農家から適正な価格で買い取ることで、生産を支えています。農園の環境や労働条件も守られています。もちろん少し値段は高くなりますが、それは「本来あるべき価格」なのです。

私たち消費者にもできることがあります。たとえば、毎日でなくても、「3回に1回はフェアトレードの豆を選ぶ」といった、小さな変化から始めてみるというのも良いかなと思います。お店のカウンターで、「フェアトレードの豆はありますか?」と聞いてみるだけでも、変化が生まれるきっかけになるかもしれません。

未来も、おいしいコーヒーを楽しむために。ぜひ、その一杯が、世界のどこかの暮らしを支えていることを想像してみてください。

あなたが知ることで、世界に変化をもたらす可能性がある

私たちが暮らす日本では、モノはすでに完成された状態で手に入るのが当たり前です。スマートフォン一つ、洋服一着、コーヒー一杯。それが、どこで、誰によって、どうつくられたのかを意識することは、日常のなかでどんどん少なくなっているのが現実です。

私たちが手にする「当たり前」の裏で、過酷な環境で働く人がいるかもしれない。搾取され、声を上げることさえ許されない人がいるかもしれない。もしかすると、自分の何気ない選択が、誰かの生きる権利を深く傷つけてしまっている――。そんな可能性に、私は無自覚でいたくない。私自身、そうした思いから、フェアトレードを多くの人たちに伝える活動に積極的に参加してきました。

その活動のひとつが、アンバサダーを務める認定NPO法人フェアトレード・ラベル・ジャパン※1の取組みです。誰もが一目見てフェアトレードの商品だとわかるステッカーの普及や認証に加え、毎年5月のフェアトレード月間ではさまざまなキャンペーンやイベントを開催し、フェアトレードを通じて、途上国の生産者の生活向上と持続可能な社会の実現を目指しています。

フェアトレード・ラベル・ジャパンの調査では、2023年の日本のフェアトレード認証製品の市場規模が、初めて200億円を超えました。10年前は約94億円だったので、およそ2.2倍に拡大したことになります。

この背景にはいくつか要因がありますが、まずは政府の政策が後押ししているといえます。2022年には「人権を尊重するガイドライン」が出され、2023年からは公共事業に参加する企業にも人権配慮が求められるようになりました。これにより、フェアトレード認証への関心も高まっています。

それにともない企業でも人権問題への取組みを強めています。たとえば、スーパーやコンビニのプライベートブランドではフェアトレード商品を扱うようになってきました。大手の小売企業も、サステナビリティ戦略の一環としてフェアトレード製品を増やしています。

消費者のあいだでも、SDGs(持続可能な開発目標)への関心が広がり、「買い物を通じて社会に貢献する」という考え方が少しずつ根づいてきました。

とはいえ、ヨーロッパ諸国と比べると、日本はまだまだこれからです。たとえば、ドイツの市場規模は3,250億円と日本の約17倍。スイスでは、一人あたりが年間で約14,400円分のフェアトレード商品を購入しており、日本の約92倍にものぼります。

※1 1993年設立の国際フェアトレードラベル機構の構成メンバーとして、日本国内における国際フェアトレード認証ラベルの認証・ライセンス事業、フェアトレードの啓発・アドボカシー活動を行う団体。現在、約70か国・200万人以上の生産者と、30か国の消費国がこの国際ネットワークに参加。

スイス・ドイツと日本のフェアトレード比較(2022年時点)

スイス・ドイツと日本のフェアトレード比較(2022年時点)

フェアトレードは単に「公正な取引」ではなく、私たちの社会や経済のあり方を映し出す鏡でもあります。「そんなつもりじゃなかった」と後悔する前に、私自身もまず知りたいと思っています。

知ることが、選ぶことにつながり、そして、その選択が、世界に変化をもたらすと信じています。ぜひ、あなたも。

執筆:堀潤  イラスト:小林ラン  編集:森谷美穂(CINRA, Inc.)