気候変動の“いま”がわかるウェブマガジン
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チョコレートが買えなくなる?気候変動が奪う豊かな食の未来

気軽にチョコレートが食べられなくなる日が来るかもしれない──。2024年、ロンドンの先物市場でカカオ価格が一時、前年の3倍以上にまで高騰しました※1

その直接的な原因は、世界の生産量の約6割を占める西アフリカ(コートジボワールおよびガーナ)での壊滅的な不作です。記録的な豪雨による病害の蔓延、そのあとの極端な乾燥。これらの気候変動による環境の激変が、カカオの生産を直撃しているのです。

しかし、この「カカオ危機」は決して対岸の火事ではありません。日本国内でもサクランボやミカンの栽培適地が北上し、うまく育つまでに時間がかかったり、暑さによって害虫が発生しやすくなってしまったりなど、私たちの食卓を取り巻く環境は変わりつつあります。

今回は、植物地理学の視点から気候変動と植物の関係を研究する京都大学の瀬戸口浩彰教授に、カカオ高騰から見えてくる世界的な農業の危機と、私たちがこれから向き合うべき「食の未来」についてお話をうかがいました。

※1 参照「COCOA MARKET REVIEW March 2024(ICCO)

INDEX

カカオ危機は「気候変動」からの警告?

─チョコレートの価格高騰には、気候変動が大きく関わっているといわれています。そもそも、気候変動はどのようなメカニズムで農作物に影響を与えているのでしょうか?

瀬戸口:まず前提として、気候変動そのものは地球の歴史のなかで何度も繰り返されてきました。有名な「天保の大飢饉」(およそ1833年〜1841年)なども、冷害や干ばつといった気候変動が原因で起きています。

しかし、近年の気候変動は、異常気象の頻度と規模、そして発生箇所が比較にならないほど増えています。全体が均一に暖かくなるのではなく、極端な干ばつが起きる地域もあれば、洪水が起きる地域もある。猛暑になる地域もあれば、雨が降らなくなる地域もある。いわば、地球環境が「まだら模様」のような状態になっているのです。

このように、極端な現象が世界のあちこちで同時多発的に起きているのが、現代の気候変動の特徴です。

─カカオの生産地である西アフリカでは、具体的に何が起きているのでしょうか。

瀬戸口:世界のカカオの約6割を生産するガーナやコートジボワールでは、海水温の上昇に伴い気温が上がり、同時に極端な「乾燥化」が進みました。

Climate Central「Climate Change is Heating Up West Africa's Cocoa Belt」を参照

Climate Central「Climate Change is Heating Up West Africa's Cocoa Belt」を参照

瀬戸口:植物にとって水分不足は致命的。ですが、影響はそれだけではありません。気温上昇と乾燥は、植物に害を与える昆虫やウイルスの活動を活発にさせてしまうのです。

カカオの場合、「カイガラムシ」という昆虫が媒介するウイルス性の病気が蔓延し、木が次々と枯れてしまう被害が出ました。カカオはもともと中南米原産の植物であり、アフリカのプランテーション環境下では病気に弱い側面がありました。そこに気候変動による「高温・乾燥」というストレスが加わり、一気に生産量が落ち込んでしまったのです。

もちろんほかにも要因はありますが、気候変動はカカオの生産状況に大きく関与しているのです。

サクランボは北海道へ? 北上する日本の農業地図

─気候変動の影響は、カカオだけでなく日本の農作物にも出ているのでしょうか。

瀬戸口:すでにはっきりと影響が出ています。最もわかりやすい変化が、農作物の「栽培適地の北上」です。

たとえばサクランボ。名産地の山形県では、近年の猛暑と少雨により、実が木になったまま干しブドウのようにしなびてしまう被害が出ています。その一方で、生産量が安定しているのが北海道です。

実際、新千歳空港から車を走らせると、いたるところに果樹園が見られます。かつては寒冷でつくれなかった作物が、温暖化によって北海道でも生産できるようになっているのです。

瀬戸口:ミカンも同様で、かつての名産地が「暑すぎる」ために栽培が難しくなり、適地が北へと移っています。南の産地では、より熱帯気候に適したポンカンなどの品種へと切り替えが進められているのが現状です。

─私たちが普段食べているものの産地が、いつの間にか変わっている可能性があるのですね。

瀬戸口:そうですね。さらに深刻なのは、単に産地が変わるだけでなく、これまでその地域にはいなかった「害虫」まで北上してくることです。

農業からは少しそれますが、わかりやすい例として、草むらに潜んでいるマダニの生息域の変化があります。致死率の高いウイルスを持つ南方系マダニの分布が、温暖化とともに年々北へと拡がっていることがデータではっきりと確認されているのです。たとえば犬を散歩していて犬の体にマダニがつき、家の中に入ってきてしまうと怖いですね。

これは一時的な現象ではなく、永続的な変化であるととらえるべきでしょう。カカオと同じように、気候変動の影響による病害のリスクが日本の農業でも高まっているのです。

産地の移動ではすまない、植物と環境の複雑な関係

─栽培適地が北上しているなら、そのまま農地を北へ移せば解決するようにも思えますが、その点についてはいかがでしょうか。

瀬戸口:なかなかそう単純にはいきません。気温の条件がクリアできても、他の条件が合わなければ植物は育たないのです。

まず、果樹は「桃栗三年、柿八年」というように、苗を植えてから実がなり、商品として出荷するまでに長い年月がかかります。いまの産地がダメになったからといって、すぐに別の場所で収穫できるわけではありません。そのあいだは収益にならず、農家の方々の心が折れ、離農してしまうリスクもあります。

そして見落とされがちなのが「日長時間(日の出から日没までの時間)」の問題です。たとえば大豆のように、植物のなかには「日の長さ」を感じ取って花を咲かせるものが多くあります。気温が上がったからといって極端に北へ移動させると、夏場の日長時間が長くなりすぎ、花を咲かせるスイッチが入らなくなってしまうのです。

─単純な気温の問題ではないのですね。

瀬戸口:ええ。それに加えて「地理的制約」の問題もあります。

たとえば西アフリカのカカオ産地の場合、北側には広大なサハラ砂漠が広がっています。いくら暑くなったからといって、砂漠に農地を移すことは不可能。気候条件、時間的コスト、そして地理的制約。これらすべてが壁となり、実際には多くの農作物が「行き場」を失う危機にあるのです。

私たちの選択が企業を変え、未来を変える

─農作物の置かれている状況が非常に深刻であることがわかりました。この大きな問題に対して、私たち個人には何ができるのでしょうか。

瀬戸口:IPCC(気候変動政府間パネル)も警告しているとおり、気候変動の流れ自体は、残念ながらすぐに止まるものではないかもしれません。しかし、その気温上昇カーブを「緩やかにする」ことは可能です。そして、そのために個人ができることは決してゼロではありません。

私が注目しているのは、まず企業の意識が変わってきている点です。原材料が手に入らなくなればビジネスが成立しないため、気候変動への対策は、企業にとってもはや社会貢献ではなく「生存戦略」なのです。

しかし、企業が本気で変わるためには、消費者の後押しが欠かせません。

たとえば私たちが「環境に配慮した商品」を選ぶことは、企業に対して「その取組みを支持する」というメッセージを送ることになります。消費者の選択が変われば、企業も安心して環境対策に投資できる。私たちの毎日の消費行動には、社会を動かす力があるのです。

─先生ご自身が実践されているアクションはありますか?

瀬戸口:消費活動以外ですと、身近なリサイクル活動として、家庭から出る「食用油」の回収に協力しています。使い終わった天ぷら油などを固めて捨てるのではなく、回収拠点に持っていくんです。

回収された油は、精製されて「バイオディーゼル燃料」として生まれ変わります。これはバスやトラック、あるいは飛行機の燃料としても利用可能です。化石燃料の使用を減らし、今ある資源を有効活用する。こうした小さな循環の輪に参加することも、大切なアクションの一つだと考えています。

大切なのは、「我慢」ではなく「選択を変える」ことです。「もう手遅れだ」と諦めるのではなく、一人ひとりが関心を持ち、賢い選択を積み重ねていくこと。それが、カカオをはじめとする豊かな食文化を未来につなぐための第一歩になるはずです。

京都大学 大学院人間・環境学研究科 教授

瀬戸口浩彰

植物地理学、植物系統進化学を専門とする。地球環境の変動が植物の進化や分布に与える影響について、フィールドワークと遺伝子解析の両面から研究を行っている。著書に『日本の絶滅危惧植物図鑑1, 2(創元社)』など。

DSR-1688

取材・執筆:松本友也  編集:森谷美穂(CINRA, Inc.)