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年々暑さを増し、気温30℃超えも珍しくなくなった日本の夏。その危険性は気温だけではなく、湿度も深く関係しています。
高湿度の環境では、汗をかいても蒸発によって十分に体を冷やすことができません。その「蒸発のしにくさ」を数値化した指標の一つが「湿球温度」です。一般にはまだ馴染みが薄いものの、気候変動下で私たちが身を守るうえで重要なヒントが隠されています。
なぜ私たちは、かつてないほど暑さを感じるようになったのか。湿球温度のしくみから日本の将来リスクまで、気候変動と熱中症に詳しい気候変動適応センターの岡和孝さんにお話をうかがいました。
「湿球温度31℃」は、人類生存のデッドライン
─さっそくですが、「湿球温度」とはどのような指標なのでしょうか?
岡:「水分の蒸発のしやすさ」を示す指標と言えますが、「人間が汗をかいたとき、自分の体をどれだけ効率よく冷やせるか」を示す指標と見ることもできます。
本来、汗は蒸発する際に気化熱として体の熱を奪います。しかし、大気中に水分が多いと汗は蒸発できず、体温が下がらないまま熱中症に至ります。湿球温度は、この「蒸発のしにくさ」を温度として可視化したものと言えます。
─では、湿球温度が何℃になると人体にとって危険なのでしょうか?
岡:海外の研究では、湿球温度31℃を超えると屋外での活動が危険な水準とされ※1、35℃が「人類の生存限界」として議論している研究もあります※2。
一方、日本ではまだそのレベルには達していません。たとえば2025年8月に群馬県前橋市で最高気温40.5℃を記録した際も、湿球温度は26.1℃でした。
湿球温度換算表
ただし、気候変動によって気温と湿度の上昇が続けば、将来的に危険な水準へ近づく可能性もあります。
─天気予報では「WBGT(暑さ指数)」という言葉もよく耳にします。湿球温度とどう違うのですか?
岡:WBGTは、湿球温度・乾球温度(気温)・黒球温度(日射)の3つを組み合わせて計算した指標です。数値が28℃以上になると熱中症リスクが高まる「厳重警戒」、31℃以上になると「危険」とされ、運動や屋外作業では原則中止が推奨されるレベルになります。
気温上昇と水蒸気量の増加がリスクを高める
─温暖化が進むと、湿球温度も上昇していくのでしょうか?
岡:はい。ただ少し注意が必要で、「気温が上がる=相対湿度も上がる」というわけではありません。
相対湿度とは、空気中に含まれる水蒸気量が、その温度の空気が含むことのできる最大量に対してどの程度あるかを示した割合です。気温が上がると空気が含める水蒸気量そのものは増えるため、同じ水蒸気量でも相対湿度は下がることがあります。
一方で、温暖化によって海水の蒸発が活発になると、大気中の水蒸気量自体も増加します。湿球温度は気温と絶対湿度の両方によって決まるため、気温上昇に加えて大気中の水蒸気量の増加が重なることで、湿球温度は上昇しやすくなります。
─島国で湿気の多い日本は特に注意が必要なのでしょうか?
岡:そうですね。乾燥した地域だとそこまで気にする必要はありませんが、日本や台湾などの高湿度の島国では、気温とともに湿球温度も上昇しやすくなります。だからこそ、気温だけでなく湿度も合わせて考える必要がありますね。
熱中症患者の増加で、救急車や病床が不足する未来
─湿球温度が上昇すると熱中症リスクも高まるとのことでしたが、熱中症は現状、どれほど深刻な問題なのでしょうか?
岡:熱中症による年間死者数は、2024年は約1,500人超、その前年は2,000人を超えています。これは自然災害による年間死者数の10倍以上にのぼる値ですが、その深刻さはあまり認識されていません。
─先生の研究では、熱中症による社会インフラへの影響も予測されているようですね。
岡:私たちの研究では、「50年に1回の極端高温が発生した際の熱中症患者のため救急車の稼働率」を予測しています※3。
現在の気候なら稼働率は100%以内に収まりますが、このまま気候変動や気温上昇が進むと、今後50年以内に100%を超える、つまり救急車が足りなくなるシナリオも出ています。21世紀半ばの温暖化が進んだシナリオでは、熱中症患者だけで救急車がパンクし、病床が足りなくなる可能性も試算されています。
さらに、影響は医療だけにとどまりません。鉄道の線路が歪んで運行できなくなったり、車がオーバーヒートしたりと、社会システム全体が機能不全に陥るリスクも考えられます。
熱中症は個人の健康問題として捉えられがちですが、今後は医療や交通を含む社会インフラ全体に影響を及ぼす課題として考える必要があるでしょう。
─では、私たちはこれからどのような対策を講じればよいのでしょうか?
岡:対策は「個人」と「社会」の両面で進めることが重要です。
暑さを避け、水分・塩分を適切に補給するといった基本的な対策はもちろんですが、高齢化が進むなかでは、一人ひとりの努力だけでは限界があります。家族や地域による見守り、テクノロジーの活用など、社会全体で暑さに適応していくしくみづくりが求められています。
気候変動によって暑さは今後さらに厳しくなると予測されています。しかし、リスクを正しく理解し、備えることで被害を減らすことはできます。暑さを「我慢するもの」ではなく、「対策するもの」として捉えることが大切だと思っています。
国立研究開発法人 国立環境研究所 気候変動適応センター 室長
岡和孝
国立環境研究所 気候変動適応センター 気候変動影響観測研究室長。理論宇宙物理学分野において博士号(理学)を取得後、民間シンクタンクにおいて14年以上にわたり気候変動影響・適応に関する調査研究に従事。2018年7月に国立環境研究所に入所し、現在は気候変動影響・適応(暑熱健康及びエネルギー)に関する研究を進めるとともに、事業者のための適応情報の発信等に従事。環境省「熱中症特別警戒情報に関するワーキング・グループ」座長や環境省「熱中症環境保健マニュアル」編集委員、自治体での熱中症に係る委員会委員等を多数務める。
※1:Sherwood, Steven C., and Matthew Huber. “An adaptability limit to climate change due to
heat stress.” Proceedings of the National Academy of Sciences. 2010年5月3日.,
(2026年6月24日).
※2:Vecellio, Daniel J., S. Tony Wolf, Rachel M. Cottle, and W. Larry Kenney. “Evaluating the
35°C wet-bulb temperature adaptability threshold for young, healthy subjects (PSU HEAT
Project).” Journal of Applied Physiology. 2022年2月1日. (2026年6月24日).
※3:国立研究開発法人国立環境研究所.
“気候変動下の極端高温による熱中症発生で救急車が足りなくなる”. 国立環境研究所. 2024年5月29日.
(閲覧日:2026年7月1日).
DSR-5808
取材・執筆:入江百音 編集:玉野井崚太(CINRA, Inc) イラスト:ヘロシナキャメラ
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