気候変動の“いま”がわかるウェブマガジン
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Green Music つながる風景

白川郷の風景を守る、助合いの精神

山間に広がる合掌造りの集落が日本のかつての暮らしを伝える岐阜県・白川郷。ユネスコの世界文化遺産のひとつで、今では年間約200万人の観光客が訪れるという。しかし、かつては交通網の限られた陸の孤島。豪雪地の厳しい自然と対峙しながら、人々はたくましく生活を紡いできた。ゆえにこの土地には自然を敬う気持ちが深く根付いている。そして、厳しい環境を生き抜くために、人と人が手を取り合う“結(ゆい)”の精神が育まれてきた。昔ながらの風景や生活文化を後世へ残そうとする、村の取組みについて話を聞いた。

INDEX

[連載概要]
気候変動は、私たちの暮らしや自然環境に深く影響を与える課題です。
チューリッヒ保険会社は、気候変動に対し、より多くの人々とともに考え、行動するきっかけをつくりたいと考えています。
本連載は、その想いをもとに、YouTubeチャンネル『チューリッヒ保険会社のGreen Music』で公開される作品の背景にある自然環境やその土地の取組みを掘り下げ、持続可能な未来につながる手がかりになればと考え生まれました。作品では伝えきれないストーリーをお届けしていきます。

日本の原風景。そんな風に称されることの多い岐阜県・白川郷。その景色を象徴するのが茅葺き屋根の木造家屋だ。

「古くは江戸中期に建てられ、築300年余りが経っています。大きなものは4、5階建てで、15メートルを超える高さがあるんですよ」。そう話してくれたのは、白川郷で生まれ育ち、今は白川村役場の観光振興課で働く東屋大貴さん。

「老朽化や火災によって数が減り、現在、荻町地区に残っているのは114棟ですが、1920年頃には300棟近い家屋が建ち並んでいたそうです」

印象的な山形の屋根は、てっぺんで2本の丸太を交差させる「さす構造」によるもの。人が手を合わせて合掌したときの腕の形状に似ていることから、「合掌造り」とも呼ばれている。シンプルで強度が高く、古くから日本の木造建築で用いられてきた技法だ。

「この家屋には、山間の豪雪地だからこその工夫があちこちにあります。例えば屋根が急勾配なのは、雪が降り積もるのをできるだけ避けるため。積もれば雪下ろしが大変なだけでなく、その重さで建物に負荷がかかりますし、雪の水分は木材が腐る原因にもなります。また、ほとんどの家屋は屋根の向きが南北に揃っているのですが、これは谷から吹き込む風の抵抗を最小限にする工夫。日照量の調整も兼ねていて、夏は涼しく、冬は暖かく過ごせるように考えられています」

 こうした気候条件を考慮した合理的な住まいをいち早く評価したのはドイツの著名な建築家であり建築学者のブルーノ・タウト。1935年に白川郷を訪れたタウトは、自然と共存した暮らしに感銘を受け、著書『日本美の再発見』で紹介。白川郷が世界に知られるきっかけとなった。

「そもそも合掌造りの家は、この土地で盛んだった養蚕業のために生まれました。大屋根の内部は階層に分かれていて、1階は居住空間、2階以上は蚕を育て、絹を紡ぐための仕事場になっています。養蚕の作業場には光と風が必須。合掌造りの屋根に大きな障子窓がいくつもあるのは採光と通風のためです。気候条件だけでなく、人々の暮らしも考慮された空間なのです」 

 当時は20人、30人といった大人数で生活していた家屋もあったという。食べること、寝ること、そして働くことも内包する場。合掌造りの家屋には、山間の暮らしのすべてが詰まっていた。

かん町地区の合掌造り。3棟が同じ方角を向いて並ぶのは、風の抵抗や太陽の光を考慮してのこと。養蚕のために設けた真っ白な障子窓が美しいアクセントになっている。

かん町地区の合掌造り。3棟が同じ方角を向いて並ぶのは、風の抵抗や太陽の光を考慮してのこと。養蚕のために設けた真っ白な障子窓が美しいアクセントになっている。

養蚕のための広い板間。障子窓から外光が射す。木材が黒く煤けているのは、1階の囲炉裏の煙によるもの。防虫や木や茅を丈夫に保つ狙いがある。

養蚕のための広い板間。障子窓から外光が射す。木材が黒く煤けているのは、1階の囲炉裏の煙によるもの。防虫や木や茅を丈夫に保つ狙いがある。

合掌造りのように、村人が手を取り合う“結”の仕組み

江戸時代に建てられた合掌造りの家屋は、どのように現代へと継承されてきたのか? 茅葺きの屋根は20〜30年で朽ち、再び葺き替える必要がある。それには相当な人手が必要なはずだ。

「そのために白川村では“結(ゆい)”の精神が受け継がれてきました」と東屋さん。“結”とは、この土地に根付く相互扶助のこと。つまり、助合いだ。屋根の葺き替えは昔から村人総出で行われ、我が家の葺き替えを手伝ってもらったのだから、あなたの家の葺き替えも手伝う、そんな支え合いによって代々守られてきた。

「私も幼い頃に葺き替えを手伝ったことがあるんです」と東屋さん。小学校の行事として参加し、茅の束を運ぶバケツリレーに加わったという。

「子どもながらに緊張したことや、自分が手にした茅が屋根に積まれていくことが、なんだか嬉しかったことを覚えています」

 小さな頃から結の精神に触れ、それを守る大人の背中を見てきたからだろうか。白川郷で生まれ育った人たちにとって、助合いは当然のこと。文化を継承する大切さを誰に強いられるでもなく理解している。

「合掌造り集落のある荻町地区では、地域内資源を“売らない、貸さない、壊さない”という三原則を主とした住民憲章が定められています。これは1971年に村人の総意で決まったこと。同年に発足した『白川郷荻町集落の自然環境を守る会』で話し合ってまとまりました。“皆で守る”という意識が徹底されているんです」

 美しい風景も昔ながらの暮らしも、後世に受け継いでいくには意志がいる。その意志を支える仕組みが結であり、助合いによって深まった絆は、この土地のかけがえのない財産となっている。

屋根の葺き替えの様子。家屋の規模にもよるが、20〜30年に一度葺き替える必要があり、多いとき時 には村人数百人が集まって作業する。

屋根の葺き替えの様子。家屋の規模にもよるが、20〜30年に一度葺き替える必要があり、多いとき時 には村人数百人が集まって作業する。

守るには、関わるすべての人の意識改革が必要

村人たちの手で守られてきた白川郷の風景や文化にも、近年、新たな課題が生まれている。ひとつは地球温暖化によるもの。「積雪量は年によって随分と違うのですが、2024年の冬は私たちでも驚くほどの量が一晩で降りました」

 これは、いわゆる「ドカ雪」と呼ばれる現象。地球温暖化による海水温の上昇が原因のひとつとされ、発生件数は増加傾向にある。合掌造りの屋根は急傾斜だが、一晩で大量に降り積もるとなると積雪は避けられない。

「屋根のてっぺんは構造上とても弱いところ。ここに雪の重さが加わり続けると、上から潰れる可能性もあります」

 また夏は豪雨が増加しており、「白川村は水資源が豊富で、その恩恵を受けて暮らしてきましたが、豪雨によって川や池の水が氾濫する可能性も出てきました」と東屋さん。周辺地域とつながるライフラインは国道一本なので、自然災害への備えは今後の重要な課題だ。

 気候危機に加え、近年のオーバーツーリズムも深刻な問題。1500人が暮らす小さな村にあまりにも多くの観光客が押し寄せると、守ってきた風景や生活文化は簡単に失われてしまう。

「白川郷では“レスポンシブル・ツーリズム(責任ある観光)”を呼びかけています。人気のある冬季のライトアップイベントには完全予約制を導入したり、混雑状況をリアルタイムで伝えるウェブサイト『シラカワ・ゴーイング』を立ち上げたり、観光客自身で混雑を避けてもらう工夫をしています」

 観光マナーの向上も呼びかけ、乗用車は指定駐車場に停める、ごみは持ち帰る、夜間の観光は禁止、ドローンは使用しないといったルールを徹底。それらが評価され、2023年にはUN Tourism(世界観光機関)による『ベスト・ツーリズム・ビレッジ』にも認定された。「風景も文化も何もせずにいたら失われてしまう」と危惧する東屋さん。白川郷が伝えるのは、人々が手を取り合うことの大切さ。村人も、そこを訪れる観光客も、互いに“守る”という意識を強く持つことが求められている。

夕刻の白川郷。変わらぬ風景を守るために取り入れたレスポンシブル・ツーリズム(責任ある観光)の精神が、観光客にも浸透しつつある。(写真提供 岐阜県白川村役場)

夕刻の白川郷。変わらぬ風景を守るために取り入れたレスポンシブル・ツーリズム(責任ある観光)の精神が、観光客にも浸透しつつある。(写真提供 岐阜県白川村役場)

内田有佳
編集者・ライター。雑誌、書籍、Webを中心に、ライフスタイルをテーマとした企画・編集・執筆を行う。アートブックの制作にも関わり、編集を担当した図録に『いわさきちひろ生誕100年 Life Chihiro Iwasaki 100』(ちひろ美術館・東京)がある。

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Photo:Shirakawa village office  Text:Yuka Uchida