
京都大学の学生と教職員や関係者で構成される、サステナビリティに特化したコミュニティ「エコ~るど京大」。持続可能な社会に向けて学生たちが主体となり、まずは自分たちの大学から変えていこうとスタートした活動だ。イニシアチブを取ったのは当時、京都大学の助教を務めていた浅利美鈴さん。浅利さんは京都におけるSDGs実装を目指す「京都超SDGsコンソーシアム」や「京都里山SDGsラボ(ことす)」などにも携わる、いわばSDGsのエキスパート。SDGsの実現にはさまざまな世代や立場の人たちを巻き込むことが鍵になるという。現在、京北地域を拠点に活動する浅利さんに話を聞いた。
[連載概要]
気候変動は、私たちの暮らしや自然環境に深く影響を与える課題です。
チューリッヒ保険会社は、気候変動に対し、より多くの人々とともに考え、行動するきっかけをつくりたいと考えています。
本連載は、その想いをもとに、YouTubeチャンネル『チューリッヒ保険会社のGreen
Music』で公開される作品の背景にある自然環境やその土地の取組みを掘り下げ、持続可能な未来につながる手がかりになればと考え生まれました。作品では伝えきれないストーリーをお届けしていきます。
社会の環境負荷を低減し、「持続可能なキャンパス」(サステナブルキャンパス)の実現を目指す「エコ~るど京大」。京都大学の学生と教職員の有志で構成されるこの団体は、多様な視点から環境問題について考え、地域を巻き込みながら行動を起こすことを目指している。名前の由来は、「エコ×世界(ワールド)」からの造語で、“Think globally, Act locally, Feel in the Campus!”をテーマに付けられた。また、同時にエコ~る(École)はフランス語で「学校」を意味することから、京大の中でエコを学ぶ学校を特別に開校する、という意味も込められている。発足は2013年。当時、京都大学環境科学センター助教(現・総合地球環境学研究所 副所長・教授)の浅利美鈴さんの先導により始まった。浅利さんはそのきっかけについてこう話す。
「学生時代からごみ問題に関心を寄せていました。私自身も京大の卒業生で、在学中に『京大ゴミ部』という部を立ち上げました。その後、教員になり、「ごみ問題」や「環境教育(SDGs教育)」を研究テーマにしていました。2000年代初頭、世界で環境に対する取組みや団体が増えていく中で、日本ではなかなかその気運が高まらなかった。そんなもどかしい思いもあって、当時、環境問題に関心のありそうな学生たちに声をかけたというのが始まりでした」
現在の登録メンバーは20数名、うち積極的にプロジェクトを動かしているコアメンバーが10数名おり、学生、社会人、企業、自治体と協力し、「京都大学のサステナブルキャンパス化」に取り組むことを基本にしながら、地域とも結びつき、さまざまなプロジェクトやイベントを企画している。
「現在、京北では月1日程度、施設を開放して、イベントやワークショップを開催しています。活動はサークル的な自由参加型で、京大生だけでなく、卒業生、他大学の学生や海外の学生、中高生も内容によっては参加しています。例えば留学生で、韓国の環境教育の国家資格を所持している院生がいますが、エコな食材を使って生ごみや食品ロスを減らし、地球にやさしいクッキングをする「エコ・シェフ」というワークショップを開催したり、生物好きだった院生が卒業後、起業して、「京北いきもの調べ隊」という小学生向けプログラムを開催したりとSDGs方面で活躍している子たちも多いです」
また世界への窓口を開くため、持続可能な未来を議論する「地球環境ユースサミット」を毎年実施している。プログラムの多くはオンライン参加が可能なので、参加者は北海道から九州まで、海外からもアジアを中心とした中高生たちが多数参加しているという。
「コロナ禍を経て、世界とつながりやすくなったことを実感しています。参加者には中高生もいますが、まだまだ環境問題について考えている子どもたちは少数派で、『意識の高い子』として括られてしまいがち。なかなか友達に話せない、行き場がない、という子も少なくありません。このサミットは居場所づくりという側面もあります。環境問題を考えながら、彼ら彼女らが広くつながることができて、多様な世界があることを知ることができる。少数派であれ、居心地よくいられる場所づくりは必要だと思っています」

全国の SDGsに関わる学生団体がつながるプロジェクト "BEST SDGs AWARD for University"。その第1回で「エコ~るど京大」は最優秀賞を受賞した。受賞式では現役生の清水さんが講演(左から2番目・写真提供:浅利さん)

SDGsの実現に向けて世代や学校を超えたネットワーク、自治体や企業とのつながりが必要とされる。「その経験はメンバーたちの人間的成長やスキルアップに大きく寄与しています」(写真提供:浅利さん)
里山の廃校を利用した、SDGs発信拠点となる場所づくり
現在開催されている2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)では、世界の重要な課題を解決する良質なプロジェクトを発信するプログラムとして、浅利さんの研究実践プロジェクト「ごみゼロ共創ネットワーク」がベストプラクティスとして選定された。学生たちとともに手がけてきた活動は多岐にわたるが、現在力を入れている「京都里山SDGsラボ(ことす)」もその一つ。京都の京北・北部の山間地域の廃校を利用し、「エコ~るど京大」のメンバーをはじめ、地域住民や企業、留学生、芸大生など多様な人々と一緒にコミュニティスペースづくりに携わっている(※TOPの写真が「京都里山SDGsラボ(ことす)」)。
「都市部では実現できなかった自然の中での豊かな暮らしや、2050年のカーボンニュートラル社会を見据えた創造や変革を里山から発信していく、そんな活動です。学生、企業、地域住民が廃校となった小学校の教室をテレワーク拠点や会議室として使ったり、イベント、ワークショップなど多目的スペースとして活用したりと自由に使えるように場所の提供をしています。他にも学校の「教室」機能やその面影を活かし、音楽室では音響・配信機材を揃え、テレカンや収録の場に、家庭科室ではエコ料理教室や地元食の体験・提供、工作室ではサステナブルな木工教室、他にも着物のアップサイクル、市民が持ち寄り、自由に持ち帰りができる衣類のリユース、アーティストによる創作・展示の場としてなど、さまざまな機能を果たしています」
その一角、SDGsの学習ゾーンとして作られたのがプラスチックについて学ぶ学校「プラ・スクール」だ。ここではプラスチック問題の現状を多角的に学べるような体験型プログラムを予約制で提供している。
「プラスチックのごみ問題は非常に深刻な困りごとではありますが、プラスチック自体は私たちの暮らしですでに欠かせないものになっていて、とても身近な存在です。生活の中から全てをなくすことは不可能です。であれば、単に悪者扱いするだけでなく、視点を変えて、プラスチックについてあらゆることを学んでみましょうという場です。プラスチックは貴重な資源であること、だからこそ、大切に選んで使いたい。そして、生活との関わりをきちんと伝えていくことが必要だと思っています」

「京都里山SDGsラボ(ことす)」の多目的スペース。日本では年間に約400校が廃校になるという現状。浅利さんは、ことすをモデルに地域社会の持続可能なあり方を考える。
子どもから大人への発信が、広く地域全体へ波及する
「京都里山SDGsラボ(ことす)」の「プラ・スクール」は小中高生やその家族、幅広い消費者から、商品を設計・販売するスタッフ、教育関係者までを対象としていることもあり、「エコ~るど京大」の学生や京都市立芸術大学の学生たちの積極的な関与も得て、いかにわかりやすく、興味を持ってもらえるよう伝えるかを大切にしているという。
その体験型プログラムでは、教室を教科別に分けて、関連した内容を深堀りできるようにしている。例えば、「社会の教室」では、19世紀に生まれたプラスチックが社会情勢の変化や、人口増加に伴いどのように増えたのか、普及の歴史を年表で学習する。また、実際に身の回りにある容器や日用品など、さまざまな種類のプラスチックを集めて、手に取れるよう提示して暮らしの利便性や衛生環境の向上が実現したことを学ぶ。プラスチックは資源として循環させることが大切だと伝えるために、石油から製品になり、使用後に再利用されていくライフサイクルを可視化できるような紹介もある。さらに、プラスチックの立場になってみるという試みも。芸大生たちの作品が彩る「音楽の教室」の「プラお化け屋敷」では、プラスチックでできたお化けたちのぼやきを表現。「まだまだ使ってほしかったのに。こんなに透き通ってきれいなのに」「いつも包んでばっかり!だけどたまには包まれたい」など、ユーモアを交えながら気持ちを代弁する。また「国語の教室」では、「プラ・スクール」で学んだことを振り返り、他の人に伝えたいと思ったことを黒板に書き出す。そして最後の「総合学習の時間」では、行動に移すべく特製のトングと、ごみゼロアプリを片手に、周辺のクリーンアップ活動に出かける。体験型学習やゲーム、創作活動を通じて、子どもたちが自ら学び、考え、表現し、ごみ拾い活動を通じて、意識改革を促す教育プログラムになっている。
「『エコ~るど京大』でもそうなのですが、子どもたちの吸収力はものすごいと実感します。そして伝播する力。地元の小学生を対象にしたイベントでは、子どもたちが活動を通じて得た知識や経験を家庭に持ち帰り、保護者や祖父母に伝えるんです。実際に『子どもや孫から勉強したことを教えてもらった』と話す保護者の方や、おじいちゃん、おばあちゃんも多く、それがいつの間にか大人たちの意識の変化につながっていることを実感します。子どもたちを積極的に巻き込むことで地域全体に波及効果が高まります。大人たちも子どもに言われた方が素直に聞けるのかもしれませんね(笑)」
創作活動やワークショップを通じて、環境問題や資源循環について学び合う。子どもたちが自ら考え、新たな視点を持って自由に表現することが、大人たちの凝り固まった意識を動かす。子ども発信で大人に伝える。それは持続可能な社会づくりへの近道なのかもしれない。

暮らしの中でプラスチックがどのように増えたのか、「プラスチックの歴史」が一覧になっている。説明をしてくれる浅利さん。

プラスチックを並べて可視化することで、いかに私たちの生活に身近にあるかがよくわかる。

プラスチックを資源として、環境に配慮しながら最適に活用するため、現在進められている研究も交えて解説する。

研究メンバーが、多くの方と対話を重ねて「プラのきもち」ゲーム。子どもたちにも親しみを持って学んでもらうことを目指している。

プラスチックの気持ちを表現した、「プラお化け屋敷」の作品。気持ちを想像することで我々人間の行動を振り返る。
熱田千鶴
編集者。講談社『FRaU』SDGs号ディレクター・チーフエディター、マガジンハウス『&Premium』コントリビューティングエディター。旅やライフスタイル系メディアを中心に、雑誌、書籍、web
などの企画、編集、執筆に携わる。主な書籍に『LIFECYCLING』(PIE
International)、『柚木沙弥郎92年分の色とかたち』(グラフィック社)他、共著に『柚木沙弥郎のことば』(グラフィック社)。
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Photo:Masanori Kaneshita Text:Chizuru Atsuta