気候変動に立ち向かう〜コーヒー農家を保険で支えるチューリッヒの挑戦

スマトラ島北部のコーヒー農家は、異常気象の影響を強く受けやすい一方で、保険はおろか銀行口座すら持たない人がほとんどだ。そんな中、チューリッヒと、社会的インパクトを重視するインシュアテック企業Blue Marbleが手を組み、気候変動に強いコーヒー農園づくりを支援する革新的な仕組みを生み出した。

出典:Brewing resilience: How Zurich is protecting thousands of Indonesian coffee farmers from extreme weather | Zurich Insurance
*本記事はチューリッヒ・インシュアランス・グループが運営する『Zurich Magazine』の記事を日本語訳したものです

スマトラ島最北端、インドネシアの辺境に位置するアチェ州。ここで暮らすコーヒー農家のブ・ヘリさんは、雨が降りすぎたり、まったく降らなかったりすると、不安な気持ちに駆られるという。

「雨が少ないと、コーヒーの出来が悪くなるんじゃないかと心配になります」と、彼女は語る。毎朝8時から手入れを欠かさない1haの農地で、コーヒーの葉を優しく引き寄せながら話す。「乾季が続くと、収穫量が落ちることが多いんです」

World Coffee Researchによると、インドネシアのコーヒー生産の約99%は、彼女のような家族経営や個人農家による小規模農園で行われている。多くの農家は銀行口座すら持っていないが、農業協同組合を通じて世界的なコーヒーブランドに豆を供給しており、2023年にはインドネシアが世界第3位のロブスタ種コーヒー生産国となった。

コーヒーをはじめとする農産物は、インドネシアの国内総生産(GDP)の約8分の1を占め、約130万の農家がコーヒーを主な収入源としている。しかし、こうした農家の多くは、過剰な降雨や干ばつによる収穫不良に備える保険に加入していないのが現状だ。さらに、遠隔地に暮らす農家にとっては、金融教育や金融サービスへのアクセスも大きな課題となっている。

保険の空白地帯を埋めるために

インドネシア アチェ州のコーヒー農園は、熱帯雨林に覆われた山岳地帯に点在しており、保険会社の担当者が現地で被害を確認するには多大な時間と労力がかかる。こうした事情から、従来型の保険商品は多くの農家にとって現実的な選択肢ではなかった。

そこで登場したのが、チューリッヒ・インドネシア傘下のPT Zurich General Takaful Indonesia(通称:Zurich Syariah)と、サービスを受けにくい地域向けの保険開発を専門とするBlue Marbleによる革新的な取組みだ。両社は協力して、低コストで迅速な補償が可能な「天候指数型保険(パラメトリック保険)」を開発した。

この保険は「Syariah Parametric Weather Index Insurance」と名付けられ、イスラム金融の原則(シャリア)に準拠したタカフル(相互扶助型)保険として設計されている。降雨量などの客観的な気象データに基づいて保険金が自動的に支払われる仕組みで、農家にとっては手続きの煩雑さや支払いの遅延といった従来の課題を解消する画期的なソリューションだ。

Zurich SyariahとBlue Marbleは、農業団体や地方政府などの地域ステークホルダーと密接に連携しながら、この保険商品の設計と規制当局からの承認取得を進めた。

パラメトリック保険はどう機能するのか?

パラメトリック保険は、極端な降雨や干ばつといった事前に定められた気象条件(トリガー)に基づいて、自動的に保険金が支払われる仕組みだ。従来の保険のように現地での被害調査を必要とせず、独立した気象・環境データを活用することで、迅速かつ透明性の高い、公平な補償を実現している。

この仕組みにより、複雑な請求手続きや支払いの遅延を避けながら、必要なときに必要な支援を届けることが可能になる。

「保険へのアクセスが限られている地域にこうした仕組みを届けることは、人々の生活に大きな変化をもたらします。気候へのレジリエンスを高めるだけでなく、すべての個人や企業が適切かつ手頃な金融サービス(銀行口座、クレジット、貯蓄、保険など)にアクセスできる状態の推進にもつながるのです」と語るのは、チューリッヒ・グループのチーフ・アンダーライティング・オフィサーであり、Blue Marbleの取締役も務めるペニー・シーチ。

「保険会社として、私たちには市場で培った専門性を活かし、こうした地域に適したソリューションを提供する責任があります」

作物のライフサイクル全体をカバーする保険

アチェ州のコーヒー農園では、作物の成長サイクル全体を通じて、降雨量の極端な変動に大きく左右される。「Syariah Parametric Weather Index Insurance」は、こうした気候変動リスクに対応するため、発芽から収穫までの各フェーズを通じて農園を保護する設計となっている。

たとえば、過剰な降雨はコーヒーの花を傷め、逆に長引く乾季は豆の成熟に悪影響を及ぼす。そこでこの保険では、降雨量があらかじめ設定された上限または下限を超えた場合に、自動的に保険金が支払われる。この「トリガー」は、各農業協同組合の気候条件やニーズに合わせてカスタマイズされており、過去の気象データも反映されている。

Blue Marbleは、作物の成長サイクルごとに衛星データを用いて気象状況をモニタリング。異常気象が確認されると、Zurich Syariahに通知が送られ、農家への自動支払いが実行される。この支払いが、次のシーズンに向けた種子の購入や、家計の一時的な支援に活用されている。

「現地調査に3〜4カ月かかるような従来の保険とは異なり、客観的なデータと実際の気象イベントに基づく補償は、迅速な支払いを可能にし、農家の経済的レジリエンスを高めます」と語るのは、Zurich Syariahの社長ヒルマン・シマンジュンタク。

実際、アチェ州で0.25haの農地を管理する農家のイスラン・ファジリさんは、「2024年は干ばつ、前年は大雨に見舞われ、地域全体が不安に包まれた」と振り返る。

「収穫量が減る可能性はかなり高いです。少し減るというレベルではなく、前年より大幅に落ち込むこともあります」と、コーヒーの木の前に立ちながら語った。

同じくアチェで1haの農地を管理するスターマンさんも、2024年の乾燥が深刻だったと話す。数人の作業員とともに雑草を取り除きながら、コーヒーの赤い身を手に取ってこう語った。

「干ばつのせいで、作物がうまく成熟していません。早く熟しすぎてしまっているんです。こういうときに、保険のありがたみを実感します」

銀行口座がなくても、大丈夫

アチェ州のコーヒー農家の多くは、銀行口座を持たず、現金での取引を好む傾向がある。Zurich SyariahとBlue Marbleが直面した課題のひとつが、まさにこの「金融アクセスの壁」だった。

Blue Marbleによれば、銀行口座を持たない農家への保険金支払いは今もなお課題だという。一部の支払いは農業協同組合を通じて行われているが、現在は地方に根ざしたマイクロファイナンス機関と連携し、農家が銀行口座を開設できるよう支援を進めている。これにより、保険金の直接振込が可能になるだけでなく、金融包摂の促進を通じて、農家の長期的な経済的レジリエンスを高める効果も期待されている。

「この取組みの目的は、インドネシアの農業分野における保険の普及を促進し、極端な気象への耐性を高めると同時に、コーヒー農家が銀行口座を持つことで金融包摂を進めることにあります」と語るのは、Zurich Indonesiaのカントリーマネージャー、エディ・チャジャ・ヌガラ。

「この保険商品は、インドネシアの新たな顧客層にリーチし、保険への理解と関心を高める革新的な手段でもあるのです」とも続けた。

Zurich Syariahは、地元の団体と協力して、銀行口座の利便性や重要性を伝える教育セッションを実施している。また、一部の農家には、肥料や種子、農業機材の購入が可能なアプリへのアクセスも提供。アプリには電子ウォレット機能が搭載されており、現金の引出しや店舗での支払いにも対応している。

レジリエントなコーヒー産業を目指して

「インドネシアの小規模コーヒー農家に保険へのアクセスを広げることは、単なる経済的なセーフティネットではありません。それは、レジリエンスを育むための変革的なツールなのです」と語るのは、Blue MarbleのCEO、ハイメ・デ・ピニェス。

「この保険は農家の暮らしを守るだけでなく、農業保険市場の持続可能な成長を促進します。金融包摂とリスク管理は、より強靭なコーヒー産業を築くうえで、切っても切り離せない関係にあるのです。インドネシアでこのビジョンを現実のものにしたチューリッヒの先駆的な取組みに、私たちは敬意を表します。これは、小規模農家にとって、より強く、より安心できる未来への道を切り開くものです」

2022年に「Syariah Parametric Weather Index Insurance」が導入されて以来、Zurich Syariahはアチェ州を中心に数千のコーヒー農園にサービスを提供し、2024年12月時点で約5万米ドルの保険金を支払っている。また、2023年12月にはカカオ農家向けのパラメトリック保険も開始されており、今後は他の農産物にも対象を広げていく計画だ。

とはいえ、アチェ州のコーヒー農家にとって、この保険の価値は単なる金銭的補償にとどまらない。

「このパラメトリック保険のおかげで、協同組合が農家のことを本気で考えてくれていると感じられます」と語るのは、アチェの協同組合「Koperasi Arinagata」に所属する農家のソピアンさん。「今後は、気候変動に関する研修なども農家向けに実施してもらえると嬉しいですね」

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Text:Alice Baghdjian