気候変動の“いま”がわかるウェブマガジン
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Green Music つながる風景

森を育み、ともに生きる。浜松市が実現する持続可能な林業のカタチ

国土の67%を森林が占めている日本は、いわば“森の国”。しかし今、その森の荒廃が止まらない。戦後、木材増産のためにスギやヒノキの大規模な植林が行われたが、1960年代以降は輸入材の台頭により需要が低下。林業の衰退により間伐などの手入れが行われなくなったことで木々が密生し、太陽光の届かない“暗い森”が増えている。日光不足で下草が育たない森では徐々に生物多様性が失われ、土壌は劣化する。近年、全国的に土砂災害や水害が増えているのも、本来雨水を蓄える役割を果たしていた森林が荒廃していることと無関係ではないと考えられている。そんな中、浜松市では人工林に適切に手を入れ、循環させることで持続可能な林業を推進している。気候変動の抑止にもつながるという画期的な取組みを紹介する。

INDEX

[連載概要]
気候変動は、私たちの暮らしや自然環境に深く影響を与える課題です。
チューリッヒ保険会社は、気候変動に対し、より多くの人々とともに考え、行動するきっかけをつくりたいと考えています。本連載は、その想いをもとに、YouTubeチャンネル『チューリッヒ保険会社のGreen Music』で公開される作品の背景にある自然環境やその土地の取組みを掘り下げ、持続可能な未来につながる手がかりになればと考え生まれました。作品では伝えきれないストーリーをお届けしていきます。

人々により育まれてきた人工林、「天竜美林」

「人工美林」という言葉を聞いたことがあるだろうか。「人工林」とは人が意図的に苗木を植え、長い年月をかけて手入れをしながら作られた森林のこと。「人工美林」とは、その中でも特に景観が整った美しい森林のことを指す。自然に形成された森林には様々な樹種がランダムに育つが、主に材木調達のために作られた人工林ではスギやヒノキが中心で、等間隔に植えられている。整然と並んだ木々がまっすぐ空に向かって伸びている、その端正な美しさが人工美林の最大の特徴だ。

静岡県浜松市にある天竜美林は、奈良県の吉野美林、三重県の尾鷲美林に並び「日本三大人工美林」として挙げられる美しい森林。その歴史は古く約500年前の室町時代にまで遡る。

「最も古い記録では約500年前の室町時代に秋葉山本宮秋葉神社の境内にスギの苗木を植えたという記録が残っています。江戸時代には材木需要が増加し、天竜の木材は江戸城の御用材などにも使われました。明治に入ると“暴れ川”として恐れられていた天竜川の治水のために実業家の金原明善が私財を投じて植林を開始。天竜の山にスギ249万本、ヒノキ49万本を人力で植えました。天竜美林はかつての人々の気の遠くなるような努力によって生まれたものなのです」(林業振興課 白柳雄偉さん)。

天竜の森の木材は第二次世界大戦後の復興期には国内の住宅需要に応えるなどし、林業が成長。次第に日本を代表する木材産地として名を馳せるようになる。

「2005年の市町村合併により天竜美林を擁する天竜市が浜松市に加わりました。現在、民有林の人工林割合は約77%で、静岡県平均(約60%)を大きく上回ります。全国平均はおおよそ40%前後(民有林ベースで40〜46%)とされており、浜松市の割合はその約1.7〜2倍にあたります。人工林面積は約6万2千ha、蓄積量も約1,736万m³と市として非常に大きな森林資源を持っています。さらに、市域約10万haのうち約66%が森林であることから、“人工林の量・質”の両面で全国平均を大きく上回る森林環境を形成しています。こうした豊かな資源を守り活かすことは、地域の環境保全や経済活性化にもつながると考えました」(林業振興課 大平哲也さん)。

浜松市では合併後に森林整備計画を策定。森林組合と協力して適切な間伐や管理を行うことで人工林を健全に保ち、上質な木材を安定的に調達できるしくみを作ってきた。2010年には持続可能な森林経営を証明する、国際認証であるFSC®️(FM)認証を取得。複数の団体が連携して認証取得を行うことは全国初で、その認証林の面積は国内有数の広さだ。

間伐や下草刈りなどによって適切に管理された人工林は明るい。林床まで太陽光が届くためさまざまな植物が育ち、土壌も豊かで生物多様性も向上する。

間伐や下草刈りなどによって適切に管理された人工林は明るい。林床まで太陽光が届くためさまざまな植物が育ち、土壌も豊かで生物多様性も向上する。

温暖な気候の天竜の森で育ったスギやヒノキは強度と耐久性が高く、木目が美しい。木造住宅の構造材や内外装材として高い評価を得て、広く利用されている。

温暖な気候の天竜の森で育ったスギやヒノキは強度と耐久性が高く、木目が美しい。木造住宅の構造材や内外装材として高い評価を得て、広く利用されている。

天竜美林を後世に受け継ぐ、林業施策の実施

先人が作り、守り続けてきた天竜美林を現在に受け継ぐ決意をした浜松市。とはいえ木材が利用されないことには、森の手入れをする資金や時間をさくことはできない。そこで打ち出したのが地域内で木材の需要と供給のバランスをとるFSC森林認証を核とした林業施策の実施だ。

「浜松市では『天竜材の家百年住居(すまい)る助成事業』を実施し、市内に新築・増築する木造住宅のうち、一定の条件を満たした住まいに対して助成金を給付しています。主な条件は浜松市で生産・加工された木材(FSC認証)を主要構造材の80%以上、内装材と合わせて5㎡以上に使用していることなどです。一方、店舗や事業所などの非住宅建築物に対しては『天竜材ぬくもり空間創出事業』として補助金を出すなど、地域内での木材需要の拡大を推進しています」(林業振興課 齋藤和也さん)。

さらに市では地域材利用促進に関する基本方針として、市内の公共建築物に使用するスギ・ヒノキは地域産のFSC認証材を100%使用することを定めている。

「木材は断熱性と調湿性に優れますので、夏は外からの熱を伝えにくく、湿度も吸収します。いっぽう冬には室内の暖かさを保ってくれるので、とても過ごしやすいのです。あとは香りですね。スギやヒノキの香りは清々しく、リフレッシュできますし、見た目にも温かみがあると好評です。地域材の利用が増えれば育った木を切って使い、また植えて育てる、そのサイクルが促進されます。若い木ほどCO2吸収量が多くなることがわかっていますので、脱炭素や気候変動の抑制にも寄与できたらと期待しています」(林業振興課 白柳雄偉さん)。

そうしたFSC森林認証を核とした林業施策を促進するために欠かせないのが林業に携わる人々の力。浜松市では未来の林業従事者を増やすため、市内の小中高校を対象に森林や林業にまつわる出前講座を行なっている。

「市職員によるプレゼンや、林業に携わる方による丸太チェーンソー切り体験など、森や林業の魅力を楽しく伝える取組みにも力を入れています。浜松市でも若い世代の林業従事者が減少しつつありますので、地域一体となって次世代を育んでいきたいと考えています」(林業振興課 白柳雄偉さん)。

天竜材を内装に使った天竜区役所。木の爽やかな香りに満たされた、心地いい空間。

天竜材を内装に使った天竜区役所。木の爽やかな香りに満たされた、心地いい空間。

『天竜材の家百年住居(すまい)る助成事業』の助成を受けて新築された住宅。木目の美しさが際立ち、木の断熱・除湿効果も実感できると好評だそう。

『天竜材の家百年住居(すまい)る助成事業』の助成を受けて新築された住宅。木目の美しさが際立ち、木の断熱・除湿効果も実感できると好評だそう。

気候変動抑制につながるカーボンクレジット

浜松市ではFSC森林認証を核とした林業施策に加え、より広い視点で人工林の健全化を通して気候変動の抑制に貢献できる取組みを進めている。そのひとつが森林組合との協働による「天竜美林カーボンクレジット創出モデル事業」だ。

日本にはJ-クレジット制度があり、適切な森林管理などの取組みによって生じるCO2などの温室効果ガスの排出削減量や吸収量を“クレジット”として国が認証している。間伐などによって樹木の成長が促進されると森林におけるCO2吸収量が増加する。そうして得たクレジットを、脱炭素化を目指す企業などに販売するというのがカーボンクレジットの仕組み。浜松市では2024年にJ-クレジット制度に登録され、今年度末の販売開始を目指しているという。

「クレジット販売で得た収益は森林組合に還元され、森林整備や林業機械の更新、人材採用などの施業促進に充てる予定です。人工林を健全に保つことは良質な木材を生み出すことに加えて、CO2吸収という大きなメリットがあります。気候変動の抑制につながることはもちろん、その収益によってより林業を後押しできます。天竜美林のカーボンクレジットを購入する企業は、その森林の魅力や取組みの意義に賛同してくださっているはず。クレジットを通して生まれた関わりを大切に、天竜材の魅力を広く伝えていけるきっかけにできたらとも考えています」(林業振興課 枝窪圭人さん)。 

同時に市では、天竜美林の間伐材を余すことなく有効活用する取組みにも力を入れている。

「浜松市内には現在、木質バイオマス発電所はまだありませんが、近隣の発電所では市内で伐採された木材が燃料として使われています。これらの発電所では、再生可能エネルギーで発電した電力を固定価格買取制度(FIT:国が定めた価格で電力会社が一定期間買い取る仕組み)を利用して売電しています。木質バイオマス熱利用については、木質ペレット(間伐材や製材端材を細かく砕き、圧縮して固めた円筒状の燃料)を使った熱利用設備が市内で複数導入されていて、今後も燃料として間伐材を活用していく方法を模索しています」(カーボンニュートラル推進課 内山輝義さん)。

また、環境省が推奨する「脱炭素につながる新しい豊かな暮らしを創る国民運動(愛称:デコ活)」を市域に浸透させ、脱炭素型のライフスタイルへの変容を後押しする活動も積極的に行なっている。

「ご家庭やご自身で行なっている脱炭素につながる行動を募集する『デコ活チャレンジ大賞』を実施するなど、気軽に楽しく参加していただけたらと思っています。家庭部門の温室効果ガスは企業と比べ削減目標やステークホルダーからの要求などがなく、削減が進みづらい。節電効果や健康増進など、暮らしの質の向上に繋がるといったメリットを合わせて伝えることを大事にしています」(カーボンニュートラル推進課 風間健太さん)。

一度荒廃した森林は、そう簡単に健全な姿に戻すことはできない。古くから人工林とともに生きてきた人々は、誰よりもそのことをよく知っている。だからこそ浜松市は多角的な取組みによって森林を守り、持続可能な形で活用していく道を選んだ。その選択は地域の林業を盛り立て、経済を活性化し、気候変動という大きな課題解決にも貢献している。その姿勢は“森の国”である日本が今後どう森林と付き合っていくのか、その大きなヒントをくれるはずだ。

中学校での出前講座ではチェーンソーを使った丸太切り体験を実施。生徒からは「林業って面白いし、かっこいい!」との声もあがり、未来の林業従事者を育てることにつながっている。

中学校での出前講座ではチェーンソーを使った丸太切り体験を実施。生徒からは「林業って面白いし、かっこいい!」との声もあがり、未来の林業従事者を育てることにつながっている。

天竜厚生会厚生寮(浜松市浜名区於呂)にて導入されている木質ペレットボイラーの建屋写真。化石燃料の代わりに環境に優しい木質ペレットを燃料として施設の給湯をまかなっている。

天竜厚生会厚生寮(浜松市浜名区於呂)にて導入されている木質ペレットボイラーの建屋写真。化石燃料の代わりに環境に優しい木質ペレットを燃料として施設の給湯をまかなっている。

小林百合子(こばやし・ゆりこ)
出版社勤務を経て独立。自然や野生動物などをテーマに本の執筆や雑誌の編集などを手掛ける。著書に『山小屋の灯』『いきもの人生相談室』(ともに山と溪谷社)など。現在、北海道・弟子屈町に暮らしながら、北の自然についての発信も行う。

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Text:Yuriko Kobayashi