年々記録的な暑さを更新する夏に、気候変動の影響を実感した方は多いはず。一方で、冬の気候はどのように変化しているのでしょうか?
気象庁の発表する資料によれば、1962年以降、日本海側の各地域で年ごとの最深積雪量は減少傾向。また、1日に20cm以上の降雪が観測されるような大雪の日数も減少傾向にあるといいます※1。
フリースタイルスキー女子モーグル元日本代表の上村愛子さんは、「日本の雪景色を守りたい」という思いから気候変動に対してさまざまな活動に取り組んでいます。故郷の長野県白馬村を拠点に暮らす上村さんに、日々実感している雪不足の影響や危機感、これまでの取組みを通して得た手ごたえなどをうかがいました。
※1 参照:「日本の気候変動2025 —大気と陸・海洋に関する観測・予測評価報告書—」第6章 雪(気象庁)
上村愛子
兵庫県生まれ、長野県白馬村育ち。初出場した長野五輪で一躍注目を浴び、世界トップ選手のひとりとして日本勢の成績を数々塗り替えた。3Dエア(コークスクリュー720)を最初に完成させ、カービングターンを武器とするなど、世界の女子モーグル界における技術の先駆者としても知られる。現在はモーグル競技の解説やスキーの魅力発信に力を注ぐほか、雪資源の保全プロジェクト「SAVE THE SNOW」のアンバサダーも務める。
大会の中止やスキー場の閉鎖が続いている現状
—日本の降雪量は年々減少傾向にあるそうですが、これまでに上村さんがスキー競技において雪不足の影響を感じることはありましたか?
上村:私がやっていたモーグルは比較的短距離で成り立つ種目ですが、それでも近年は雪が足りない、降らないといった理由で国内外の競技会がキャンセルになることがあります。長距離を滑る種目や設営が大掛かりな種目では、ワールドカップでもレースがキャンセルになったというニュースをよく聞くようになってきています※2。
—現在、故郷の白馬村で暮らす上村さんですが、普段の日常生活においても雪不足を実感することはありますか?
上村:私がまだ小学生くらいのころは、一晩で雪が1mm積もる日もあったりして、学校に行くのが大変だった記憶があります。でも最近は、そこまでの積雪はほとんどない印象です。
※2 「気候変動による雪不足、ウィンタースポーツの「脅威そのもの」、国際スキー・スノーボード連盟が危機感」(トラベルボイス、2024年10月7日)
上村さんがご自身で撮影した故郷・白馬村の雪景色(写真提供:上村愛子さん)
上村:また、「ホワイトクリスマス」も減っていますね。かつてはクリスマスの日といえば一面の銀世界が広がっているのが当たり前でした。でも、いまではそのような景色が見られるのはようやく1月に入ってからです。
とはいえ、日本は世界のなかではまだ良いほうで、ハイシーズンにはしっかり雪が降って、ウィンタースポーツを楽しんだり、競技会を開催したりすることができています。ただ、雪質が変わったり、冬らしい真っ白な雪景色が見られる期間は徐々に短くなったりしてきているのが現状です。
—海外では、日本よりも深刻な雪不足が進んでいるのでしょうか?
上村:単純に比較はできませんが、アルプス山脈の中にあるような、標高の高い場所に位置しているスキー場はもちろん雪が豊富にあります。それでも、スキー場の麓まで滑って降りられる時期が短くなっていたり、比較的標高の低い場所にあるスキー場は閉鎖になってしまっているとも聞きますね。
子どものうちに雪に親しみを持ってもらえたら
—上村さんが気候変動の問題について意識するようになったのは、いつごろ、どんなきっかけからでしたか?
上村:2007年に国内開催されたワールドカップで、政府が主導した温暖化防止プロジェクト「チーム・マイナス6%」と連携し、「ストップ温暖化」と書いたゼッケンを着て試合に出たことがありました。それをきっかけに、「温暖化が進むとスキーができなくなるんだ」「だからこそ私たちスキーヤーは、もっと真剣にその問題と向き合わなければいけないんだ」と気づかせてもらったことは大きかったです。
一度気がつくと、自分のなかでいろいろなことがつながりました。たとえば現役時代、海外遠征で毎年氷河の上で練習をしていたのですが、年々氷河のかさが減っていると感じるようになったり。また、私も出場した2010年のバンクーバー五輪で、雪不足のため外からたくさんの雪を運び込みなんとか大会を成立させたときには、「今後こういうことが増えていくのだろうか」と考えたりもしましたね。
「ストップ温暖化」のスローガンを掲げたゼッケンを着用する現役時代の上村さん(写真:佐藤浩之/アフロ)
上村:ただ、そういった自分自身の気づきや思いを、いまのように自分ごととして積極的に発信するようになったのは、現役を引退してからです。そうできるようになったのは、やはりSNSの存在が大きいですよね。現役のトップアスリートたちが、自分の考えをきちんと発信している姿を見ると、本当に素晴らしいなと尊敬します。
—上村さんがアンバサダーを務めていらっしゃる、雪資源の保全プロジェクト「SAVE THE
SNOW」の取組みについても教えてください。
上村:「SAVE THE
SNOW」は、2021年に立ち上がった一般財団法人・冬季産業再生機構によるプロジェクトです。これまでに日本オリンピック委員会(JOC)と連携し、年に一度北海道の美瑛町を訪れて植樹活動のお手伝いをしたり、2022年には『ゆきゆきだいすき』という絵本を出版したり。雪を愛するメンバーが集まり、小さなことから地道に取り組んでいます。
上村さんがイラストを描いた絵本『ゆきゆきだいすき』(写真提供:上村愛子さん)
—『ゆきゆきだいすき』では、上村さんご自身がイラストを手がけていますね。どのような思いでつくられた本でしょうか?
上村:雪を守りたい、そのために気候変動を止めたいという思いを、できるだけ広く長く伝えていくにはどうしたらいいだろう?と考えたときに、やはり子どものうちに雪というものを知って、親しみを感じてもらうことが大切なんじゃないかと。
住んでいる地域に雪が降る降らないは関係なく、たくさんの子どもたちにこの絵本が届き、冬になるとご家庭や幼稚園などで雪の話をする、といった習慣につながるといいなという思いで制作しました。
愛着ある雪景色を守るために発信を続けたい
—そうした活動や発信を続ける過程で、ご自身の意識や心境に変化はありましたか?
上村:世の中が気候変動を本気で止めようと動いていることを、最近は強く感じるようになりました。活動を始めたばかりのころは、現状を深く知るうちに「本当に将来、雪はなくなってしまうんだ……」と絶望的な気持ちになったこともあったんです。でも、いまは明るい未来に少しだけ期待できるようになりました。
—なぜ、明るい気持ちになれたのでしょうか?
上村:活動のなかで、サステナブルな社会に向けた研究やビジネスなど、さまざまな活動をしている方に出会ったり、個人レベルでも問題意識を持って暮らしている方とつながったりできたことが大きかったと思います。
—気候変動を止めるために、私たち一人ひとりができることはなんでしょうか。
上村:何かを選ぶときに、「その選択は本当にサステナブルかな」と頭の片隅に置いておくことが大事かなと思います。見た目のおしゃれさや便利さなどに惑わされず、ものが生まれた背景もしっかり考えたいですよね。
私の実感としては、「日々の買い物でどの会社の商品を買うか」「選挙でどの政治家に投票するか」といった選択を意識しながら暮らす方が増えていると感じています。ただ、どれだけ意識を高く持っても100点を取るのは難しい。それでも、少しでも地球のためになるほうへ……と、楽しみながら諦めずに取り組めばいいと考えています。
現在は、サステナブルな選択を心がけても、価格や品揃えなどで難しいことも多いと思います。ですが、今後はさまざまな研究やビジネスの成果によって、より選択肢が増えるのでは、と楽しみです。
—上村さんが、気候変動を止めるために活動を続けるいちばんのモチベーションはなんでしょうか?
上村:「雪景色を守りたい」という思いがいちばんですね。「いつまでもスキーをやりたいから」という理由は、じつは自分のなかでそんなに大きくなくて、それよりもとにかく、雪が大好きなんです。毎年、降るとわかっていながら初雪には感動しちゃう。雨がふと雪へと変わる、その日を楽しみに生きていると言っても過言ではありません。
太古の昔から現代に至るまで、日本のさまざまな文学作品や絵画、写真や映像のなかに、たくさんの雪景色が残されていますよね。それは、雪が当たり前に降るこの国で、雪を愛する人々が残してきたもの。そういった景色が将来、なくなってしまうかもしれないと考えると、すごく切ないんです。「かつては雪というものがあってね……」という昔話になってしまう未来を、なんとか阻止したい。
雪に限らずとも、みなさんそれぞれ大切にしている四季折々の景色や営みがあると思います。気候変動は、それらすべてをおびやかすものです。日本の美しい四季を、自分の次の世代、ずっと先の未来まで当たり前のものとして残していくために、少しでも多くの人と連帯して取り組めるよう、これからも自分の気づきや思いを地道に発信していきたいです。
A-251126-07
取材・執筆:原里実 写真:尾藤能暢 編集:福田裕介(CINRA, Inc)